ずっと、読解の話題が続いていますが、
(メインは作文ですが…)
読解の初歩的勘違いについて。
我流で読書をするのとも違い、
目先のテストの得点を目指すのとも違う読解というのは、
ある文章の意図を、正確に読み取ることで、
それは、別の角度から捕らえると、
自分とは違う思考のフレームを受け入れる訓練
ということができます。
本来、国語のテストというのは、そこを測定しようとするものですが、
成績に差をつけるという観点から、
指定箇所を探す能力が必要だったり、
設問が指示語や知識に偏っていたりして、
いわば、木を見て森を見ない状態になりがちです。
葉っぱを見て枝を見ない、木を見ないという方が、イメージとしては近いですね。
葉っぱと枝のつながりがみえて、枝と幹のつながりがみえると、
全体としての木も見えてきます。
葉っぱだけみていないで、少し離れて枝を見る。
さらに離れて全体の木を見る。
という練習をしていないと、
いつまでたっても、葉っぱ=木だという勘違いをし続けます。
この枝は何?と聞かれて、
葉っぱを順番に見に行っても、
この木は何?と聞かれて、
全速力で順番に枝を見に行っても、
答えに到達するのは、時間がかかるだけでなく、
正解するかどうかということにも、不確実性が出てきてしまいます。
また、せっかく、自分とは違う思考のフレームを学ぶ機会を、
みすみす、どぶに捨てていることになります。
正解は、のどから手が出るくらい欲しいかもしれませんが、
こらえて、こらえて、まずは、読解です。
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